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オオヤマレンゲ [流れゆく日々]

10年ほど前に園芸店で売られていた苗木を庭に定植したオオヤマレンゲ。

今年も見事な花咲かせてくれました。

森の貴婦人、花言葉は「変わらぬ永遠の愛」です。

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↑の写真から2日後  ↓完全開花です
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池木屋山 [登山]

春の関西山行脚も順調に計画通りの山を巡って最終日を迎えました。

まさに関西山行脚の掉尾を飾るに相応しい山が残っていました。

「池木屋山」は一時期親しくしていた関西の山友が、「池木屋山を知らずして台高を語るなかれ」と云うほどの台高を代表する名山のようです。

5月19日
奥香肌湖畔で車中泊し、夜明けを待って池木屋山登山口に走りました。

【池木屋山】

関西山行脚の掉尾を飾った池木屋山山頂です。
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香肌峡の奥にある落差50mの高滝も見事なものです。
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関西山行報告3 [登山]

大峰山地を終えて熊野本宮に参拝した後は紀伊半島の小さな山巡りです。

熊野本宮に参拝の後、田辺市の「道の駅 大塔」で休みました。

5月16日
夜明けを待ってカーナビをすさみ町大附にセットして出発です。
ナビ任せに走ると山中に入って行き心細くなるような細い道を行きます。まあ舗装道路であることが救いです。
ナビの画面に善司ノ森山が現れる頃目的地のすさみ町大附の大附診療所(跡)に着きました。
大附は廃村に近い山中の集落です。

【善司ノ森山】
善司ノ森山と聞いても地元の人でも知る人は少ないと思います。「日本山岳標高1003山」の一山です。ネットで検索してみると一件の山行記録がヒットしました。その記録と地図頼りの山です。

善司ノ森山山頂は一等三角点峰でした。
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途切れ途切れに南奥駈道 [登山]

大峰北奥駈道の行者還岳~八経ヶ岳、仏生岳~釈迦ヶ岳の往復縦走の後は、十津川村と下北山村境の白谷トンネルから行仙岳~笠捨山、玉置神社から玉置山~大森山~五大尊岳の往復縦走をしました。その後は熊野大社本宮に参拝の後、紀伊半島南部にある善司ノ森山と子ノ泊山に登りました。その後下北山に戻り池郷林道から持経ノ宿~涅槃岳を往復縦走しました。記録は時系列でなく南奥駈道の順路に従って報告します。

5月17日
前日は紀伊半島南部の山・潮岬などを回って下北山村に戻り、雨の夜を運動公園の駐車場で車中泊しました。

【持経ノ宿~涅槃岳】
涅槃岳は前々日玉置神社から十津川村の笹の滝に向かい、不動滝から滝川辻に登ろうとしましたが、登山口にある「ほんみち教団」施設から入山許可を求められたうえ、道が不鮮明で道迷いの心配があることを告げられたので、当初計画通り白谷池郷林道からの登山にしました。

南奥駈道に咲くアカヤシオです。
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途切れ途切れに大峰奥駈道 [登山]

「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されている大峰奥駈道は私の登山人生の集大成として、吉野山から熊野神社本宮まで歩いてみたいという思いを持っていました。

しかし約100キロと云う行程を小屋利用であっても、7日間程度の食料を担いでの一気の縦走は今の私にはとても出来そうもありません。

縦走路にある代表的なピーク、山上ヶ岳・普賢岳・弥山・八経ヶ岳・釈迦ヶ岳などはすでに踏んでいますが、稜線の縦走路はほとんど歩いていません。今回は未登頂のピークを踏みながら大峰奥駈道を途切れ途切れに歩いてみようと計画しました。登山口の車の回収もあるので結局は往復縦走になり、距離的にはコースの全体距離とは変わらないくらい歩いたのではと思うほどでした。

5月12日

前日は九度山町の真田ミュージアムを見学した後天川村に走り、大峰山への登山口行者還トンネルの駐車場(有料)に車を付けました。天川村内の食料品店が休みで食料調達出来ず、クーラーボックスに持参したパック御飯とレトルトカレーでおなかを満たしました。もちろんロングビールと2合のお酒付きです。

【行者還岳~弥山・八経ヶ岳】 

行者還岳から見る稲村ヶ岳・山上ヶ岳方面です。
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九度山町「真田ミュージアム」 [流れゆく日々]

関西山行を決めた時から真田昌幸・信繁親子が蟄居した九度山町を訪ねて見ようと決めていました。

私の生まれ在所は埴科郡坂城町。昭和30年の合併前までは更級郡村上村です。
後醍醐天皇の皇子大塔宮の身代わりになってハラワタ掻っ切って自刃した村上義光公の生まれ在所です。
そして武田信玄を上田原の合戦や砥石(城)崩れなどで大破しても、最後は武田勢に敗れ越後の上杉謙信のもとに走り、川中島合戦の口火を切った村上義清公こそは村上義光公と並んでわが町・わが村上郷の誇りの武将ではあります。地元坂城町の中学校の校歌等でもその勇猛さを称えています。

武田勢との戦いの敗因となったのは、真田家の始祖真田幸隆の計略によるものであり、村上勢としては「憎き真田」ではあります。しかし時は過ぎ、400年後の今は「日本一の兵」と讃え称された真田幸村こそ、歴史上「信州一のヒーロー」ではあり、恩讐・怨念を超えて今や私も真田の一族の活躍を自慢に想うものであります。

まして私は上田の高校を出ています。(上田高校ではありません上田の高校です(*_*;)
毎週日曜日夜8時、少しコミカルすぎるきらいはありますが、NHK大河ドラマ「真田丸」での真田昌幸・信繁の活躍に手に汗握っています。

第一次上田合戦で徳川勢に煮え湯を飲ませ、関ヶ原の戦いでは中山道を西に向かう徳川秀忠勢を蹂躙しました。関ヶ原の合戦で徳川勢が勝利すると、昌幸・信繁親子は家康から切腹を命じられましたが、徳川に与した信之の必死の嘆願により紀州高野山に蟄居を命ぜられたのであります。

昌幸は九度山で逝去しましたが(後年九度山から生まれ故郷の長谷寺に祀られた)、信繁は雌伏14年、九度山で過ごし、祭りの夜ムスコ大助とともに夜陰に紛れて九度山を脱して大阪城に入ったのであります。

九度山町の道の駅には大きな幟旗が立っていました。交通整理の係員に真田の遺跡があるのか尋ねると、「九度山には真田が残したものは何もない」と云う返事です。それもそのはずですね。蟄居の身で信之に援助を無心しているほど困窮の日々を過ごした九度山です。

交通整理の係員に促されて、「真田ミュージアム」を訪ねて見ました。

古い町並みの中に異彩を放つ大きな建物が立っていました。
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入り口も立派なものです。
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入場料は500円です。
真田昌幸・幸村・大輔に模した甲冑姿のハリボテ人形が飾られていました。
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上田時代から九度山までの真田の遺物が展示されていて、大勢の客がうなずきながら見入っていました。

シアターでは講談調に真田三代の九度山での生活の模様と、その後の活躍が上映されていました。
一回約10分くらいです。

付近の民家には六文銭の提灯が下げられ、真田十勇士の名札などが下げっていて興味深いです。

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真田幸村にとって生涯一番長く過ごした14年間、雌伏の地であった九度山町には、幸村の燃える闘魂がまだまだ息づいていることを知りました。

「真田は信州上田だけのものではない」ということを知って、胸を熱くしたものであります。

九度山町民の皆さんこれからも真田をよろしくお願いします。と云う思いで九度山町を後にしたのであります。


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関西山行報告2 [登山]

岐阜の金華山を皮切りに養老山・高畑山・笠置山など「日本山岳標高1003山」の小さな山々をを回って奈良県に入りました。今日はさらに小さな奈良盆地を囲む生駒山地や盆地に浮かぶ山々巡りです。それぞれの山にそれぞれの歴史のある山ですが、私的には歴史は関係なく、あくまで登山・ピークハントが目的です。

平群町の道の駅で奈良入りの夜を過ごしました。連休明けを待つかのように天気が悪いです。

5月10日

【信貴山】
生駒スカイラインの信貴山入り口の手前にある朝護孫寺のある山の最高点が信貴山山頂です。
早朝朝護孫寺に車を付境内に延びる車道を入って寺関係者の駐車場に車を停めさせていただきました。

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少し霧が掛かっています。
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毎朝参詣している信者さんが散見する中、階段を駆け足で登って最高点の信貴山城祉に着きました。
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さらにその奥に足を延ばすと信貴山山頂の手製の看板が樹木に括り付けられてありました。
三角点は見当たりませんでした。
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関西山行脚報告 [登山]

大峰山地に残した「日本の山1000」行者還岳・孔雀岳・笠捨山・玉置山・五大尊岳の5山と、新たな目標「日本山岳標高1003山」の東海・紀伊半島の山々の登頂を目指して連休最後の5月8日に自宅を出発しました。

 5月8日

【金華山】
行きがけの駄賃は岐阜城の立つ金華山です。
R・Wによるお手軽登山も考えましたが、駐車場を探して山中に延びる金華山ドライブウェイに入ると、後方からの登山口ともいえる岩戸公園に着きました。岩戸公園から人影も薄い東坂登山道を歩いて岐阜城に着きました。

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下を流れるのは長良川でしょうか?岐阜市民の憩いの場所のようです。
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三角点は刀利天狗の祠と電波塔の立つ場所にありました。
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[行動時間]
岩戸神社駐車場16:25~岐阜城17:15~岩戸神社18:00

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関西山行脚から戻る [登山]

5月8日から13日間の関西東海方面の山行脚から戻りました。
当初は「山渓・日本の山1000」のうち大峰山地に残した5山の登頂予定でしたが、今年新たな目標に加えた国土地理院の「日本山岳標高1003山」も登ることにしました。

「1003山」は登山を対象にしたとは思えない山も多く、山頂まで車道が延びる山、盆地に浮かぶ小さな里山などもあり、それほど労苦をせずに登れる山が多かったです。

結局12日間で登った山は28山ほどになりました。

「日本の山1000」
行者還岳・孔雀岳・笠捨山・玉置山・五大尊岳

「山岳標高1003山」
金華山・養老山・高畑山・霊山・鷲峰山・笠置山・生駒山・信貴山・若草山・三輪山・耳成山・天の香具山・畝傍山・俎石山・仏生岳・涅槃岳・善司ノ森山・子ノ泊山・国見山・池木屋山・七洞山・笠取山・鷹ノ巣山(段戸山)

これにて「日本の山1000」関西地区にある104山は完登しました。

「標高1003山」のうち、愛知三重・滋賀・奈良和歌山県の山を完登しました。

山行記録は順次報告いたします。


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大峰奥駈道

IMG_20160512_075255.jpgIMG_20160512_130026.jpgIMG_20160513_123652.jpgIMG_20160514_150918.jpgIMG_20160515_173721.jpg大峰奥駈け道は行者還岳〜八経ガ岳、仏生岳〜釈迦ヶ岳、行仙岳〜笠捨山、玉置山〜五大尊岳を往復縦走しました。
釈迦ヶ岳までの道は標高も高く、岩稜帯もあり趣がありますが、南奥駈道は里山トレイルでした。
五大尊岳で山渓「日本の山1000」の内、関西の山100山は完登しました。
下山後熊野本宮に参拝しました。

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